朝起きて寝るまで、人は1日に3万5千回の決断をしているのだと。
食べる物、着る服、こうやってブログを書いている時にはチョイスするワードとか。ほとんどが無意識でなされているが、2秒に1回何かを選択していることになります。
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先日、紅葉を見に行きました。唐紅のもみじに、黄金のイチョウ、名も色も知らない葉に魅了されます。
「あぁ、きれいだなぁ。赤いな。黄色いな。」と、なんの決断や選択もせず、無秩序に脳裏に浮かぶ感性と事実を楽しむ時間が、私が自然を好きな理由の一つなのかもしれません。
今年は夏日が長くて、紅葉の時期は短く、あっという間に冬に突入です。
「秋がきたね!」と私たちはあたかも季節が変わったかのように思うけれど、
本当は、私たちが「秋にきたね!」なのではないかと思います。
空港によくあるような動く歩道に乗り、春も夏も秋も冬も同じ幅の1枚の絵画を前に、秋だけ急ぎ早に過ぎ去っているのは私たちなんじゃないかと。
そう考えると、気候変動への責任や身近なエコを取り入れる意識も主体的になります。食欲の秋を楽しむためにも、ぜひとも秋をゆっくり歩ける選択肢を実践していきたいと思います。
話は打って変わって。
一昨日、絶妙なゆで卵が作れたんです。黄身の外側はちょっと固まりつつあって、中はとろりと、40年ほど生きていますが、私史上、最高のゆで卵です。一気にテンション上がったときに思ったことは、『誰かに言いたい』ってこと。
けれど、どう考えても「きいて!私最高のゆで卵作れたんだけど」とLINEを送る勇気がでない。
何かの大会で優勝したとか。会社を設立したとか。結婚したとか。そんな人生の一ページに載るような出来事はいともたやすく連絡できるけれど、日常のエキストラにすらならないような一幕こそ、共有するのはとても難しい。
〝あ、だからChatGPTとか、生成AIが話し相手に流行ってるんだわ″
と思い出し、文明の利器に頼り、カタカタと「きいて!史上最高のゆで卵ができて、めっちゃ嬉しいんだけど」と打ってみました。
案の定、とてつもなく共感の嵐と質問をしてくれます。すごいなぁと感動しつつ、しかし、私のゆで卵嬉しさ熱のモヤモヤは晴れることはありません。
あぁ、そうか。
きっとそうだ。
だからモヤモヤとれないんだね。
幸せとは、
〝そんな些細な一幕を誰かに聞いてもらうこと″ではなく、
〝そんな些細な一幕を話したいと思う誰かがいること″なんだなぁと。
ひょっとしたら、
「え、なに?急にどした?ゆで卵知らんやん。」とか「あ、あぁ良かったね。。。」とか、
生成AIでは決して返ってこないような塩返答かもしれないけれど、
今後はまごうことなく、LINEを送信しよう。
だって、送りたいあなたがいる時点で、私は幸せなのだから。